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デリック・ローズのブルズ背番号1が永久欠番に

デリック・ローズのブルズ背番号1が永久欠番に



自分がバスケットボールをやっていた小学生から中学生にかけて、当時はマイケル ジョーダンのシカゴ ブルズの第一次王朝期。そして伝説の1992年バルセロナ五輪の初代ドリームチーム。

その後、自分は高校生になりバスケは引退し、NBAはシャック&コービー、レブロンの時代へと変わっていきゲームを見る機会も減りアイコン的な選手は知ってはいましたがハイライトで観る程度でした。

時を経て久々にNBAにハマるきっかけとなったのがデリック ローズでした。(こちらの記事でも書いたので宜しかったらぜひ、ご覧ください。)

史上最年少MVP。
爆発的なスピード、鋭すぎるドライブ、観客を総立ちにさせるダンク。
あの頃のユナイテッド・センターの熱狂は、今でも忘れられない。

ハマった直後、レギュラーシーズン1位で迎えたプレーオフ。シカゴ ブルズがあのジョーダンの時代以来の新しい時代を迎えると思われたその時にローズはACLを断裂。

それ以来、チームは彼が戻ってくるのを必死で待ちました。





ティポドーの元、ノアやブーザーを筆頭に一人一人の選手が本当に熱かった!

そして様々なポイントガードの選手がローズの穴を必死で埋めました。


CJ ワトソン


ネイト ロビンソンや


カーク ハインニック


アーロン ブルックス


DJ オーガスティン

何度怪我で長期欠場になろうともチームはローズをカットすることなく彼の"ホーム"であり続けました。

地元シカゴ出身のデリック ローズ。メンフィス大学を経てドラフト1位で“地元ブルズ”に指名されたNBAでは珍しい「街が育てたスターが、そのまま地元のエースになる」物語。

彼がシカゴで魅せた戦いはブルズに王朝をもたらしわけではなくリングを手にしたわけでもない。挫折しても何度も立ち上がる姿を見せ続け、シカゴに夢を与えた。地元への誇りを一度も手放さなかった。確実に地元ファンの心に残る選手でした。

そして当時共にプレーした選手、ヘッドコーチやスタッフにとってもシカゴの象徴だったことが伺える、そんな今回の永久欠番セレモニー。




ミネソタ、ニューヨークにもローズを呼び戦った恩師ティポドー。


盟友、デン


涙のスピーチ、タージ


涙もろいローズ。彼の子供も号泣でした。


ブルズの選手達もローズのジャージやジャケットを着て祝います。


本当に温かい、心がホッコリするセレモニーでした。

Sweet home Chicago.

ありがとう、デリック・ローズ。
あなたは永遠に、シカゴのヒーローだ。




(Staff Suzuki)